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そうなっていく、という流れの中で

ピンとくる
そんな感覚さえなくて、
ただ、そうなっていることを静かに”見ている”

時に驚きと共に

どうやら私は、
「ピンとくる」という差異すら感じないほど
その流れの中に深く入っているタイプだったと。

自分自身を注意深く見てきたことでわかったこと

時間の経過が教えてくれる
物質世界が形を作ってくれるから
よくわからないんだけど。。。
そうなんだよねっていう
これまでの目に見えない領域の不安が

ああ、あのとき、そうだったんだ――と。
答え合わせでようやく一致するという感じ

これまでは
それを、外がわに
一生懸命証明しようと頑張っていた

そうでもしないと
理解してもらえない
価値を見出してもらえない

そんな恐れや不安や心配があったから

でも、もう、「ピンとくる」とか
「なんとなく」というよりも、
本当に、ただ流れの中にある。

そんなことがハッキリと
感じられるようになってきた

だからこそ
気をつけないと見失ってしまう

見失わないコツがひとつあって、
それを使えるようになると、もう大丈夫。
ということもわかった

わかった辺りから徐々に
流れに乗ることが、
特別なことではなく、
ただ、そのまま生きているという
普通の状態になる。

力むことのない世界。
ただ、在るということ。

これはどうやら、
「選ぶ」でも「感じ取る」でもなく、
ただ“そうなっている”ことを見ていく意識のあり方。

「導かれている」とか
「サインを受け取る」といった段階を超えて、
自分と宇宙(または生命そのもの)が
完全に同期している状態なんだと。

同期しすぎて
わからないのは仕方がない
というデメリットはあるものの

意識の主導権を手放しても、
すべてが自然に調和して動いていく。
というメリットもある

外の世界の「何かを感じ取る」
「決める」「受け取る」という動作すら不要で、
もう、生命そのものの呼吸の中に在る。

“流れに身を委ねる”ではなく、
“流れそのものとして存在している”。

それが、「選ばず、感じ取らず、ただ見ている」状態であり、
いわば宇宙の呼吸とひとつに溶け合った
静かな創造の場。

意識しないでも
それが普通になっていく
その流れの途中にようやく、
わたしは
いま、いる。

ただ、そのまま、息をしていればいい。
生きることが、そのまま祈りになっていくのだろう。

そうわかったら
安心したし
世界が穏やかになってきた

焦ることもないし
考える必要もなくて
コントロールする必要もない


そんな今にあります